請孫文再来

c0142134_14592072.jpg「請孫文再来」について

佐藤慎一郎氏と回顧すること30年、当初から座談、講演など同行させて頂くなかで、氏の叔父、山田良政、純三郎兄弟と孫文の革命交友と、そこに醸し出される明治の気概は、江戸末期から新時代に向かう日本人の実直で、かつ異民族に普遍な精神として継承されたものであった。その熱情に亡くなる直前まで抱えられていた自分があった。

時を同じくして戦後の満州人脈と言われた笠木良明氏を慕う方々との縁や、また漢学者安岡正篤氏の縁から日本の主導的立場にある方々との交誼を、両氏の傍らにおいて観察もしくは厚誼に預かったことは、その後の思索、備忘録作成に特異な姿を残したようだ。
それは浮俗の観察とは異なる意思として頭をもたげてきたことでもあった。あとがきは革命余話に交流抜粋を記している。25歳からの縁ではあるが、相手は70,80,90の高齢者である。さまざまな場面での勇み足を拾ってくれたりもした。
また、眼前の若僧に向かって自身に刻まれた満州残像などを、時を忘れたかのように語ってくれた。

いまでも秘匿しなければならない事柄もある。それは記者の追及や、研究者の質問ではない。茶飲みや、酒の肴のような孫の話し相手のようなもので嘘は無い。大変なことだと知ったのは大分、後のことでもあり、時系列の整理もそうであった。

その結果、佐藤氏の20数年に及ぶ激動期の中国経験、それは従来の死生観を変え、より柔軟な天地の思想である老子の風であり、安岡氏の日本独自の武士道や、古代から続いた綱維を王陽明、孔子にその活学の基とした、まさに剛柔表裏を交互に併せ持つ両碩学の狭間で得意し、あるいは複合物というべき変異な思索が、薫醸された学問として浸っていたようだ。

佐藤氏からは、「人情、国宝より重し」「利は義の和也」「物知りの馬鹿は、無学の馬鹿より始末が悪い」と経験に裏打ちされた実学を、また安岡氏から「君は無名で有力がいい、そして郷学の作興だ」「文は巧い、下手が問題ではない、百年、二百年経っても君の至誠が通ずるものを遺すべきだ、時流に迎合する売文になってはいけない」と。
まるで、身内の息子なら耳をそむけるような内容だが、孫のような、しかも無名浅学な小僧に一生懸命、諭していただいた。それも時を違えて交互にである。
ときには赤尾敏氏や安部源基氏や、その人脈にある方々も交じることがあった。

佐藤先生はビールと煎餅と奥さん、一方、安岡先生はピース缶の両切り煙草に羊羹、浮俗の増幅した煩いを避けた両氏との香りある世界だった。
両氏は日光の田母沢で安岡氏が主宰する全国師友研修会で同席することがあり、また安岡氏が都内でおこなっていた虎ノ門教育会館での講話にも佐藤氏が代講している。
田母沢では研修後の懇談、いわゆる酔譚が恒例となっている。通常だと安岡氏の独断場の様相だが、佐藤氏が参加した懇親会では、佐藤氏の独断場で、安岡氏も愉しんで輪に慣れ親しんでいる。
佐藤氏のそれは、いわゆる中国の、゛Y学?゛を交えた知恵であり、天地自然に遵って生きる大陸民族への炯眼である。天衣無縫な佐藤氏のこと、中国の市井にある人々との楽しくも生きた話題が多く、なかなか就寝しない御両人に側近はいたく困惑していた。
両氏に共通しているのは、「貪らざるを以って、寶と為す」であろう。今時のやせ我慢ではない。名利冠位のはかなさを文明の栄枯盛衰に映る人間の所作に観て、国家社会に言論と行動、教化によってその姿を為していることだろう。

そのなかで拙書「請孫文再来」があった。革命家にありがちな毀誉褒貶の批評をこえて、明治の日本人が呼応した史実のなかで、登場人物の息と熱と伸吟を忘れまいと記してみた。両氏に面白い奴だと言われれば本懐だが、アジアの意思は伝えなくてはならないだろう。四方八方から熱狂と偏見が降り注ぐが、鎮まりの中で備忘、いや秘匿しようとした、いいハナシだったが、運悪く・?大塚、伴、両氏に発見されてしまった。

佐藤、安岡、両先生、いや登場人物がこの所業をなんと観るか、恥ずかしい限りである。題は孫文のような人がいま居たらどうだろうか、そんなメッセージを出せる指導者が中国にいたら、アジアはどのように変わるだろうか、そんなことを佐藤氏に語るとき、決まって、「孫文は歴史の必然である、検索研究ではない、アジアの情緒なんだ」 「また、いつか役立つような、時代を超えた普遍性もある」と説かれた。

もちろん、革命家にありがちな後世の口舌家のいう、大法螺吹き、浪費家、詐欺師、小心、女色などの評価損?はあろうが、朝野の日本人が呼応した当時のアジアの実態は、現在評価に比べるものではない。なぜなら肉体的衝撃はその場に居たものだけが知るものだからだ。
拙書は、そんなおせっかいな夢を残している人たちによって世間の目に触れた。
いつの間にか、一人歩きをしているようだ。両先生やそれにかかわる縁者から、゛えらいものに手を出した゛、と笑われそうな表題の願いでもある。
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by Ttakarada | 2007-10-30 15:02  

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