はじめに


c0142134_15233864.jpg 筆者が孫文に興味をもったのは辛亥革命の関係者に写真を見せて頂いたのがきっかけである。アジア人的体型。均整のとれた顔付き。西洋的センスを醸し出す服装。どこかひかれる人物だった。浅薄な見方と思われるが、それが初めての印象であった。
人物に興味を抱くと出身や家柄より、どんな考えをもち、何を行った人なのか。追ってどんな人との関わりがあったのかなど、さまざまな興味がわいてくる。

官製学校歴のなかでの基礎知識では、歴史上の人物として四角四面の検索や興味で終わってしまうだろうが、どのような癖があったのか、またそれが判断の場面でどんな表現で現れたのか。それは、清末の読書人、梁巨川が謂う、一国一家に表れるさまざまな問題は、人間の人格に起因するという東洋の人間学からして、また「因果」」の現象を、南方熊楠の説く、「因縁」に委ねたとき、歴史の流れの一粒であった登場人物を横目、覗き目ではなく、正面から直視したとき、我が国の明治の香りが同様な風となって薫ることに心地よいものがあることに気がついた。
いわゆるおもしろくて楽しい、そして好きになれる学習でもあった。
そのなかで、日ごろ些細な事にこだわって一喜一憂している吾身を、その時代に浸してみると、同じ人間でこうも違うのか、いやこの部分は同じだ、などと妙に近しい関係になったかのような気分になり、彼らの無条件で真摯な行動が及ぼした歴史の事跡に驚愕した。

登場人物の孫文、蒋介石と山田良政、弟純三郎、その甥佐藤慎一郎 後藤新平、頭山満、犬養毅など激動の日中史をいきいきとつづった日本人の活躍など普段、気に止めることのない革命史の舞台ではあるが、その構成はアジアスタンダードとして語り継がれ、民衆はその評価の決定を留め置きながら、未だカーテンコールを告げてはいない。

 ときあたかもアジア諸国を席巻している西洋式グローバルスタンダードの風は、財貨万能の気風を巻き起こし、地域特性の凝縮である深層の国力というべき情緒の融解さえ巻き起こし、まるで投網にかけられた雑魚のごとく跳ねまわっている。

 これらの状況を憂慮する人々のなかには、あこがれにも似た気持ちで再び演者の登場を促し、実直な演者のもと、明確なアジアの矜持を再現して欲しいという期待が感じられる。
ここでは取り立てて願望や哀愁といったものを取り上げるものでもなければ、“誰かがやってくれる”といった他力本願の気持ちから発するものではない。
熱狂と偏見が鎮まり公理がかたちを整え、そして恩讐を乗り越えた民族に再び縁が蘇るとするならば、アジアの中の日本人としての矜持を添えて民族提携によるアジアスタンダードの再興の一助として備忘録を呈したい。それはアジアの意思として構成すべきことであり、継承すべきことである。

 地球軸から考察しても東西文明の歴史的経過は、読み取れる栄枯盛衰のみではなく、循環する盛衰に対して補い合う東西の異なる質量という観点から、アジアの茫洋とした世界に存在する対立観を超越した無限の受容と、混沌の柔和を一方の優越した座標として掲げなければならないという使命感も芽生えた。また、そのように推察できる彼らの行動であった。
“群盲像を撫す”類いの論評は幼児性の抜け切らない知識人の専らの職分ではあるが、身じかな売文の輩や言論貴族のように、ときとして表現責任ともなう肉体的衝撃をいとも巧妙に安全地帯に回避して宴を貪るものもあれば、貪官に媚びて票田に伏す議員などは雑魚の歯軋りは届くこともない。
しかも、それらが唱える言論は、さも国家意志でもあるがごとく尋ねるものを惑わし続けている。

経済の本意である経世済民を、まるで軽世細民のごとく錯覚したケイザイや集積された富を国家のバロメーターとして、その目的を繁栄と成功にしか置かない行動と宣伝は、善良なる群盲というべき人間を多数輩出し、貴重な歴史の一章を、゛意志なき民の意志゛として糊塗し、錯誤を助長している。

ときに民衆の意図するものとは異なる軋轢や衝突を巻き起こし、アジア全体の衰亡を招いていることは他文明の意図的侵入を誘い、その意図する財貨の欲望が、まさに世界の基準であり、当然な啓示として歓迎されていることは未開の地と称された西欧のアジア観そのものであり、予期せぬ出来事の到来を危惧させる。

あえて国家主義にこだわり、アジアに閉じこもり安住すべきとは思わないが、アジア諸国が異なる環境と政治的国内事情を考慮しても、それぞれが財貨のみを繁栄の目的として他力誘引することに一喜一憂することは、標準(スタンダード)のない国家の同化現象として映ってしまう。
標準の前提に基準がある。
基準はすべてのものに合理を求めなければ成立しない。繁栄の対価とともに提唱される標準は、繁栄の意味すら他の文明に順化させなければ生き残れまい。日本が最後の列強としてアジアに進出したとき、それは大航海時代から始まった西欧の植民地政策に名を借りた夜盗、海賊の分別なきスタンダードの模倣でしかなかった。

 アジア解放という大義はあったが、皇民化、創氏改名などの同化政策は、武力が形を変えた財貨金融による欲望価値の同化にほかならない。歴史の観察はさまざまな切り口ととともに、悲哀、怨嗟という感情の読み込みなくしては尋常(平常心を尋ねる)な考察はできない。また、その影響と結果は永い時間を費やさなければならないことでもある。しかし、異なる価値に包み込まれた異文化の欲望喚起は、その地域の情緒を元とした生きる術であった自らの陋習までも捨て去っている。

 識者フランシス・フクヤマはキリスト教と儒教と対比させている。固定的観念ではそうであろう。また、部分の標準はあっても発する意志(基準)を同化するものもいることも事実だ。
 日本にも儒教学者は盲目的中国大好き人間が多いが一頃、ロシア文学に傾倒する人はロシア我が心の祖国と叫んでいた。

 老子は漠然としているが孔孟の説く儒教は知識人の看板には、ほど良い知識で間にあうという人もいる。もし文明を対比させるなら庶民感覚として西洋の「神」と、アジアの「天地自然」が相応だろう。 あえて「道教」的ともいえる。
たかだか地球上の東西南北を色分けしている話だが、自分は自らの分「全体の一部分」との認識に立って地球人、アジア人、日本人と置き所を変えると「我」とは違う「自分」が確認できることがある。

 そんな我が自分探しをするために歴史をひもとき、異なる民族に触れたり荒涼な環境に自身を浸してみたとき、はじめて自分に押し掛かっていた憂鬱と恐怖が解き放たれ“何かをしてみよう”と思い立ったなかに体験備忘のための拙書があった。
時節を違え、浮俗を錯誤したような自らの拙い視点ではあるが、妙な安堵と不完全が“生きている”感じられるゆとりがあった。そんなとき時流に媚び、情報を唯一断定的にとらえ、汲々として他者の標準というべき「理」に「合」わせているアジアの混迷に、想起すべき歴史からの提言を拙い体験として著してみたいといった動機があった。

 アジアスタンダード構築とセキュリティは、歴史の集積をひもとくことによって「人間」そのものの探求から容易に導きだせることが分かる。
人間を不完全な生物として認め、“非合理の合理”を人情によって自然界の「理」に同化させたアジア的諦観は時節の要求とともに、歴史の知恵として新たなスタンダードの構築をしなければならないことを教えてくれる。

ここで著した孫文の唱えた「三民主義、五権」もさることながら、植民地主義という大国の意図による誤った歴史の潮流に、アジアの矜持を掲げ敢然として立ちあがった明治の日本人との交流と革命の実証は、まさに芒洋としたアジアに孫文ルネッサンスというべき足跡を遺している。
人を好きになり、人に興味をもち、人に習い、学んだら行う。
そんな人間になりたいと思っていた矢先のことだった。
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by Ttakarada | 2007-10-30 15:24  

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