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秘録 孫文から犬養に宛てた手紙

大同」を求めて
(日本外交への啓示)

原文訳.佐藤慎一郎先生 63.4.21 寄稿 
構成 郷学研修会

孫文から犬養毅に宛てた手紙
(大正12年、この手紙は、山田純三郎が、犬養家へ持参したもの)

山田はこの原文写しを佐藤に託すときこう言っている
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『私が孫さんを訪ねて犬養さんが入閣したことを知らせた。亡命中には頭山さんや犬養さんに援けられ、その無条件な援助にみた日本人と一緒にアジアの共通な意志を成し、そして遂げるには、まず日本人が先頭に立って抑圧されたアジアの人民の代弁者になって欲しいということだ。

またその精神もった信頼する日本人が多くいることを知っていたし期待も懸けていた。これはシナ一国でなくアジアのために日本は絶好の機会を逃しているという痛切な意思を犬養さんに託したものだ。三日三晩寝ずに考え、慶玲(妻)さんが何度も書き直したものだ。孫さんが終生日本に期待を懸けていた心が痛いほど滲み出ている。

 革命は後になって評価は色々出てくるが、これが事実だ。それがあっての革命だ。なにも好き好ん赤露に向かったんではない。日本が余りにも理解無く、追いやったのだ。これは孫さんの意志、いやアジアの意志として日本が指導的立場にならなくては、日本そのものが危うくなるという憂慮を犬養さんに伝えているんだ・・・

この手紙を託されたとき、孫さんは日本および日本人にアジアの将来を託したんだ
「山田君!宜しく頼むよ」と、今までに無い強い口調だった』

http://greendoor2.exblog.jp/




【本文】
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  木堂(犬養の号)先生、 山田君(訳注、山田純三郎)が来ての話では、先生がこの度入閣されたことは、私たちが達成することのできなかった願望を助成し、それによって東亜百年の問題を解決することに、非常に役立つことでしょうと、言っています。
これを聞いて、狂喜しました。

 早く書信をしたためて、色々と御相談申し上げたいと思っていたのでしたが、広東の軍事がまだ解決しないので、それを果すことが、できませんでした。
現在、曹錕が位を盗んだため、国を挙げて憤慨しており、西南では、すでにその罪状を宣言して討伐しており、四川、湖南、広東三省の軍隊および雲南、広西の同志各軍を大挙して北伐させ、同時に張作霖、段祺瑞、慮永祥と連絡して協力合作して国賊を破ろうとしています。
 
ただし、曹錕が敢えて天下の奇忌誹を犯してまで公然と位を奪っているのは、それより先に、強国があって、その後盾をしている者が居ればこそ、そのように、するようになったものであると思われます。
 
考えて見ますと、列強の伝統的政策としては、中国が治まって強くなることを厭わないため、しばしば革命に反対する挙に出ているのです。

この度のわれわれの行動も、列強のさまざまな阻害を受くることは、疑いの無いところでしょう。
 貴国の対支行動も、従来は専ら列強の鼻息を仰いで、中国及びアジア洲の各民
族を失望させていることは、非常な失策でありました。

この度先生が入閣されましたので、必ずや列強追随の政策をやめ、新な旗印を樹ててアジア洲の各民族が渇望している気持ちを慰めて頂けることだろうと思います。


訳注、以下の『』内の文章は、犬養さんに出した本文にはないが、 孫文が書いた原文には、有る文章である。参考のために訳しておく。

 『もし、そのようになるならば、日本はその増加する人口を容れる拓殖の地が無いということなどは、心配する必要などないでしょう。

 私は、南洋の島々および南アジアの各国では、必ずや日本をその救い主として歓迎するようになるだろう事を知っています。ネパールとブータンニ国が英国の統治を受けること、百有余年になりますが、依然として中国に対して、藩と称して貢物を送っている事を御覧下さい。これは民族の同じ人情というものは、政治的な勢力よりも強いものだという事を意味しているのです』

 もし日本がアジア民族を扶けることを志として、武力的な欧洲帝国主義の動きに追随することを止めるならば、アジア民族は、日本を敬慕し、崇敬しないということは、ないでしょう。

 欧洲大戦以来(19 14~18)、世界の大勢は、すでにその為めに一変しました。
強盛な英国、カナダの如きは、戦勝の餘威をもってしても、なお譲歩してアイルランドの自由を許し、エジプトの独立を許し、印度の開放を容れざるを得ませんでした。

その理由とは、何でしょう。それはつまり、欧洲大戦後に一種の新しい世界的勢力が発生したからです。この勢力は何であるかと言えば、それは虐げられた一部の人類が、みな大いに目醒め、方々で起ち上って強権に対して抵抗していることを言うのです。

 このような人類は、アジアに一番多いのです。したがって、アジア民族もまたこの世界の潮流を感知して、必ず起ち上って、欧洲の強権に抵抗することでしょう。今日のトルコは、その先導である。ペルシャ、アフガニスタンは、その後継者であり、更にそれに続くものは、印度、マラヤでしょう。

 このほか更に最も大きく、最も重要で、列強の競争に関すること最も撒しいのは、支那四億の人々です。だから、列強の中には、その初めには、之を独占しようとした者が有ったのでしたが、他の強国に阻まれて、ついには支那分割を謀る者が現われるようになったのです。図らずも、たまたま日本が東亜の海の果てで起ち上ったため、その分割の謀も遂行することが、できませんでした。

 この時には、支那四億の人々とアジア各民族は、日本をアジアの救い主であると見なさない者は、無かったのです。c0142134_22273966.jpg

 思いがけなくも、日本には遠大な志と高尚な政策がなく、ただ武力的な欧洲の侵掠的手段を知るだけで、遂には朝鮮を併呑する挙に出て、アジア全域の人心を失うようになったのは、誠に惜しむべきことであります。

 古人は「その心を得る者は、その民を得、その民を得る者は、その国を得る」
と言っています。

もし日本がロシアに戦勝した後、よくこの古人の言葉を教訓としていたならば、今日のアジア各国は、みな日本を頼りとしたはずです。英国は今日、アイルランドに自由を許し、エジプトに独立を許しているのは、つまり、そのような意味があるのです。

 もし日本が翻然として悟り、英国がアイルランドを遇したように、朝鮮を遇して、その失敗を補う方策をとったならば、アジアの人心は、なお収拾することができるでしょうが、さもなければ、アジアの人心は、必らずや、みな赤露に向って行くことでしょう。これは断じて、日本の幸福ではありません。
 
あの赤露というのは、欧洲の虐げられている人民の救い主であり、しかも強権者にとっての大敵であります。それで列強の政府は出兵してロシアを攻撃しているのですが、各国の人民はその政府に反攻しているのです。それで英仏米などの国々は、みな、その人民の内こう(言へんに工)のために、ロシア討伐の兵を撤収せざるをえなくなったのです。

 今日アジアの人民が圧制を受けていることは、欧洲の人民に比べて、もっと酷いのです。
それでその救いを望んでいることもまた、一層切実なのです。アジアには弱い者を救い、傾いている者を扶けようと、義によって言論を主張する国はないのです。
だからして、赤露に望みをかけざるを得ないのです。

 ペルシャ、トルコ(注、原稿では、アフガニスタンとなっているが、犬養宛には、トルコとなっている)は、すでにその望みを達成しました。支那、印度も、これに頼ろうとしています。
 
私は、日本がよくよく考えて、之に善処し、幸いにも重ね重ねの誤りを繰り返さぬよう深く望むものであります。

 そもそも欧洲戦争の初めにあたって、日本は小さい信義を盲信して、遠大な計画には暗く、遂に一躍して世界の盟主となる機会を失い、世界に再び戦争をする禍根を残しました。日本の志士たちの中には、今に至って回顧して、なお痛恨嘆息している者がおるのです。

 先生は、或はまだ霊南坂での半日の談話を思い起して頂けることでしょう。
先生は、昔、その志を行うことができないというので、大隈内閣に入閣することを拒まれました。 ところが今回、先生はついに入閣されました。それは多分、その志を行うことができると思われたからでしょう。だから先生のために長々と、お話申し上げ、深くつっこんでお話申し上げることを禁じえなかったのです。

 そもそも将来の世界戦争は、言う者の多くは、必ず黄色人種と白色人種との戦争であるとか、あるいは欧洲とアジアとの戦争であるとか言っていますが、私は敢えて、それは違う。それは必ず公理(訳注、多数の人々に公認される正しい道理)と強権との戦争であろうと断ずるものです。
 
しかも強権を排斥するものは、もとよりアジアの虐げられている人民が多いのですが、欧洲の虐げられている人民もまた少くはないのです。だから虐げられている人民は、まさに虐げられている人民と連合して、横暴な者を排除すべきです。 

ところで欧洲ではソ連だけが虐げられている者の中堅であり、英仏は横暴者の主流ですが、アジアでは、インド、中国が虐げられている者の中堅です。そして横暴者の主流も同じく英仏です。米国は横暴者の同盟か、あるいは中立ですが、被抑圧者の友人でないことだけは、断言できます。

(訳注、犬養に出す前の孫文の草稿では、次のようになっている。
『このようにすると欧洲に於ては、ロシア、ドイツが虐げられている者の中堅であり、英仏及び米国は、或は横暴者の主流ということになりましょう。アジアに於ては、印度、支那が虐げられている者の中堅で、横暴者の主流はまた同じく英仏及び米国であり、或は横暴者の同盟者となるか、或は中立の立場をとって、必ずしも虐げられている者の友人とはならないことは、断言することができます。』)

 ただ日本は、まだ未知数の立場にあり、虐げられている者の友となるか、それとも虐げられている者の敵となるかは、私は先生の志が山本内閣に於て行うことができるか否かによって、定まることと思います。

 もし先生が、その志を行うことが、できるならば、日本は必ず被抑圧者の友となることでしょう。もしそうなれば将来の世界の大戦争に対して、準備しなければなりません。では、準備の道は如何ということを、先生のために、之を述べさせて頂きます。

《 その一》、

日本政府は、この際、毅然決然として、支那革命の成功を助けて、対内的には統一できるようにし、対外的には独立することができるようにし、一挙にして列強の束縛を打破させるべきです。これによってこそ、日支親善は期待すべく、東亜の平和は永く保てるのです。
 さもなければ列強は、必ずや色々の手段を施して、支那を以て日本を制し、必ず日支親善は永久に期待することが、できないようにさせ、しかしかも日本経済は、必ずや再び発展することが難しくなることでしょう。

 欧洲列強は、大戦以来すでにその帝国主義を東亜に推行する実力はなくなりました。然しながらその経済基盤が支那にあるものは、すでに非常に強固なものとなっています。それでその最も心配なことは、吾が党の革命の成功は、彼らに不利をもたらすことを恐れていることです。
 
列強の深謀遠慮は実に日本を目標にしており(注、原稿、つまり、犬養に出す
前の孫文の草稿では、『列強の深謀遠慮は、まことに日本よりも上手であります』
となっている)、だから常に色々な名目を作り出して、日本が彼らと一致した行動をとって、支那に対せざるを得ないように、させているのです。

日本の支那における関係は、その利害は、まさしく列強とは相反していることを知らないのです。
凡そ対支政策で列強に有利なものは、必ず日本に害があるのです。

ところが、日本が事ごとに、みな列強の主張に従わざるを得ないのは、当初は、孤立していて、しかも力が敵対することができないので、いささかも敢て頭角をあらわして、列強と対抗して譲らないという態度は、とれなかったのですが、それが習慣となって、あたかも当り前の事だと思うようになったのです。

 今や時が移り、情勢がかわったのに、なお計画を変えることを知らないばかりか、一層酷くなっており、事ごとに列強の相棒をかついでおります。支那の志士たちが、日本を痛恨すること、列強に対するよりも、ひどいのは、そうゆう理由なのです。

 今回幸いにして先生が入閣なされました。必ずや日本の過去の失策と列強に盲従する主張を一掃し、之を清算されるに違いありませんが、その最も重要なことは、支那の革命事業に対することです。支那の革命は、欧洲列強の最も嫌うところです。

思うに支那革命が一旦成功すれば、ベトナム、ビルマ、ネパール、ブータンなどの国々、インド、アフガニスタン、アラブ、マラヤなどの民族が必ず中国の後に続き、欧洲を離れて独立するからです

(訳注、孫文の草稿では『思うに支那革命が一旦成功すれば、ベトナム、ビルマ、ネパール、ブータン等の諸国は必ずや、もとのように中国の藩屏として附属することを願うことでしょう。しかも印度、アフガニスタン、アラブ、マラヤなどの諸民族は、必ず支那の後塵を歩み、欧洲を離れて独立するようになるでしょう』)

 このようなことになると、欧洲の帝国主義と経済侵略は、必ず失敗するように、なるでしょう。だから支那革命は、実に欧洲帝国主義にとっては、死刑宣告の前ぶれであります。したがって列強政府が、支那革命に反対するのに、あらゆる方法を用いる所以のものは、ここに在るのです。

 ところが日本政府は、この事を察することなく、之に引きづられて、反対しているのは、自殺と何ら異なるところがないのです。
 もともと日本の明治維新は、実に支那革命の前因であり、支那革命は実に日本の明治維新の後果であり、この二者は、もともと一貫したものなのです。それによって東亜の復興を図ったならば、その利害は相同しことなのです。その密接なことは、もともと、そのような状態にあるのです。

 日本はどうして、中国革命に対して、欧洲の武力主義をとり、わが国を嫌い、わが国を害するのでしょう。
(訳注、孫文の草稿では、『日本は、どうして、欧洲に追随し、わが国を嫌い、わが国を害するのでしょう』)

日本の国家万年、有道の長期の基本計画のために、もし支那に革命の発生がなかったならば、日本は提唱して、これを誘導すべきであることは、ロシアが今日ペルシャ、印度に対しているようなものです。
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先生が昔、宮崎(泗天)に命じて、わが党と連絡させたものと、まさにそれでありましょう。支那革命がすでに発動したのですから、日本はその全国の力を傾けて之を助成し、それによって支那を救い、自らをも救うべきことなのです。それはあだかも、百年前、英国がスペイン(訳注、孫文の草稿ではイスパニアとなっている)を助け、また近くは米国がパナマを助けたようなものです。 それなのに、日本政府は、支那革命に対してこの十二年来、すべて反対行動に出で、反対が失敗すれば、中立を守っているのだと偽装して自らを飾りたてています。

 従来、徹底的に白覚して、毅然決然として、支那革命を助け、日本を東亜に立国するものとして雄図を計ったことは、未だかってあったことはありません。これはすべて先生が従来政府に志を得なかったからのことでした。

いま先生は、自ら政府の一員となりました。私は切望、深望せざるを得ないのです。これは独り支那のための計略なのではなくして、日本のための計略でもあるのです。

 
《その二》

日本は真先にロシア政府を承認し、ただちに之を実行すべきです。絶対に、列強と一戦した歩調をとっては、いけません。
 列強が、ロシア政府を承認しないのは、利害が衝突しているからです。フランスは、国債の償還がないから、ロシア政府が、これを負担して、返済すれば、承認すると要求しています。英国は、インド問題が解決されないので、必ずロシア政府に、その領土を保証させようとしているのです。それは、あたかも最後の日英同盟のようなもので、そのあとで、之を承認しようとしているのです。米国も債権関係、つまりフランスの債権の多くは米国に転嫁されています。ロシアは、国債負担を廃除しています。米国も大いに損失を受けているのです。それで、英仏と一致した行動をとっているのです。

 顧みれば、日本はどうでしょう。このような状態なのに、なおも競って列強と一致した歩調をとるのは、その愚かさには、まことに、どうにもならぬものがあります。
 欧洲の諸々の小国は、どうでしょうロシアと関係のないものは、やはり、英仏と行動を同じくするものはあるが、ロシアと関係のあるものは、ことごとく、まずロシアを承認しています。

しかも日本とロシアとは、固より最大の関係があるのです。初めは誤って列強と一致した行動をとって、出兵しましたが、後には、自覚して単独でロシア代表と数回の会議を開いたのでしたが、思いがけなくも、承認問題では、なおも各国と同一行動をとり、感情的には融和することができなくなり、ついには色々な話し合いのさまたげとなり、満足な結果を得ることができなかったのは、まことに惜しいことでした。

 日本とロシアは、すでに密切な隣国関係があるのだし、そしてまた列強のように、権利の損失はないのです。ところが対露外交がなお敢えて列強の範囲を抜け切れないのは、これは欧洲の一小国と比べてみても、及ばないのです。

 どうして日本には人物がおらずして、このような状態にまで、たち至ったのでしょう。

 或は、日本の立国の根本は、ソビエト主義とは同じでない。だから敢えて承認することは、できないのだと言いますが、これは真に見識の狭い議論です。そもそもソビエト主義なるものは、つまり孔子のいわゆる「大同」なのです。

 孔子は
 「大いなる道が行われていた頃には、天下を公となし、私するようなことは、なかった。

賢い者を選び、有能な人を用い、人々は互いに信じあい、親しみあっていた。

自分の親だけを親としたり、自分の子だけを子として区別するようなことは、なかった。

老人は安らかに生涯を終えることができ、若者には十分活動する場所があった。幼い者はすくすくと成長することができたし、老いて妻なく、また夫のない者も、幼い時から父がなかったり、年老いて子のない者も、不具廃疾の者も、みなそれぞれに生活していくことができた。
 
男には、分に応じた職業はあるし、女にはいずれも配偶者があった。財貨は地に棄てられて粗末にするようなことはしないが、必ずしも自分のためにだけ力を用いるような事もなかった。力を十分に出せないことは申訳ないが、必ずしも自分のためだけ力を用いるような事もなかった。

 したがって、策謀する必要もなければ、泥棒や乱賊などの横行する余地もなかった。だからして表通りの戸閉りをしておく必要とてなかった。このような社会を大同という。」
 と言っています。

 ロシア立国の主義は、これほどのものでしかないのです。なんで怖るべきことが、ありましょう。まして日本は孔子を尊んでいる国です。これに対して、まず歓迎の意を表して、列国を導いてやってこそ、始めて東方文明国たる資格を失わないのです。もし列強が承認してから、その後で日本が始めて之に追随して承認しなくては、ならぬようになったならば、親善の良機はすでに失われてしまうことになるでしょう。これはいわゆる

  「渕の為めに魚を駆いやり、草むらの中に雀を追いやる」(訳注、孟子の言葉)
 ようなものです。

 日本を排斥しようとする強国が、ロシアをそのさきがけとして利用することになれば、独り日本が危いだけでなく、東亜もまた、それにつれて平和な日が無いようになるでしょう。そうなれば、公理と強権との戦いは、もしかしたら、ついには日本では、黄色人種と白色人種との戦争と変化するように、なるかも知れないのです。

 是非とも知っておかなくては、ならないことは、欧洲大戦後は世界の大勢は一変したばかりでなしに、人心の思想もまたその為めに一変したのです。日本の外交方針も必らずこれに順応して改変してこそ、はじめて世界に於ける地位をよく保存することができるでしょう。さもなければ、必ずドイツの仕損じたことを、また踏むことになるでしょう。

 試みにごらん下さい。ホノルルの軍事配置、シンガポールの設備を。これらは、誰を目標としているのでしょうか。
 事態はすでに此処まで来ているのです。日本がなおもロシアを興国としないならば、ゆくゆくは必ず水陸両面の央撃を受けるだけでしょう。英米の海軍は、すでに日本より強いこと数倍です。しかもロシアの陸軍は今日に於いては、実に天下に冠たりということを、知らないわけには、いかないのです。

 孤立している日本が、海陸の強い隣国に当ったとして、どうしてよく僥幸を期待することが、できるでしょうか。だから親露は、日本自存の一つの道なのです。

 以上二つの策は、実に日本が国威を発揚し、世界を左右する遠大な計画であリ、興廃存亡のかかわるところなのです。これは日本が欧洲大戦の初め、すでにその赴く所を誤り、世界の盟主となる良機を失ったのです。一度誤っているのに、何うして二度も誤ることが許されるでしょうか。

 ただ先生が詳細にお考え下さってヽ速やかに対処されるようお願い申しあげるのみ
です。                                
         
民国十二年十一月十六日   広州にて
          (訳注、大正十二年)




武力を背景にした当時の日本と、財貨を背景にした現在の日本。東洋の一員として、世界の強国として日本の経国に重大なる警鐘を鳴らしているかのような孫文の一声は、私達、次代を継ぐ者に、゛人物とは゛゛国とは゛゛外交とは゛を痛切に啓示するものです。(筆者考)
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by Ttakarada | 2008-02-05 22:32